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ゆとり世代哲学者の憂鬱

ゆとり世代に生まれた苦悩を哲学者の力を借りて解決していく。

パーリーピーポー

死すべし慈悲はない。

何故に大学という場所はあんなにもゴミゴミしているのか。私の通う田舎の山奥のプレハブのほうが上等に見えるオンボロな大学でさえゴタゴタとして、化粧臭く、そして汗臭い。そしてそこの喧騒の中心にいる人は総じて皆パーリーピーポーだ。

これはそのパーリーピーポーの会話である。

女.「ねぇねぇ、あんさぁ?うちきょうひまなんだけどぉ?パリらない?」

男1.「えぇ?そなのぉ?でもさ〜あ?先週スキーパしたばっかじゃなかった?」

男2.「でも、言ってないやついっぱいおったやん。そいつら誘ってったらええやん。」 

女.「それな。」

男1.「それな。」

男2.「今回はタコパで。」

女.「材料よろ。」

男1.「りょりょりょ」

 

関西弁が出てきているがここは関東の片田舎である。勿論そいつは偽物である。

スキーパとは何なのか。友達に聞いたところ、歯の隙間が空いていることだと言われたが、絶対にそれじゃない。

まぁ、すき焼きパーティくらいのことだろう。

それにしてもパーティーが多すぎる。

カシパ、ナベパ、アイパ、パジャパ、タコパ、ランパ、イッキパ…

彼らはいつもパーティーを行い、愚かな行動を行う。いずれそれを後悔するとも知らずに。

それでも私は彼らに一種の憧憬の念を持ってしまったりもする。それはだいたい疲れてるときだが。

そして私は、一通りの文句を心で反芻し、また、一人カラオケに行くのだった。